74歳でAIを学び、講座資料や画像制作に活用している、のんのんさん。
薬膳や発酵、数秘術を学びながら、料理講座や、人が集まる場づくりにも取り組んでいます。
しかし、初めから前向きに挑戦を続けてきたわけではありません。
希望していた進学を諦め、家業を支え、長い間、家族のために生きてきました。65歳を過ぎた頃に浮かんだのは、「私は、私自身として生き切ったと言えるだろうか」という問いでした。
それから始めた料理サークル、新しい学びのコミュニティへの参加、若い世代との交流、そしてAIへの挑戦。
「人生は、何歳からでも“これから”にできる」
そう語る、のんのんさんのこれまでと、これからを伺いました。
食に興味がある原点はなんですか?
父は戦前、ハルピンで貿易商をしていました。
戦争が終わり、日本へ戻ってからの父は、昔のことをほとんど話しませんでした。一方、母は洋裁の仕事で身を立て、黙々と働く人でした。
そんな両親が始めたのが、パンと和菓子の店です。職人さんを雇い、店にはいつも甘い匂いが漂っていました。
店は10年ほど続きましたが、最後には倒産しました。その後、母は店を手入れして、小さな食堂を始めました。
そこで出していたのが、父がハルピンで覚えたという餃子です。
鉄板の音、立ち上る湯気、にんにくと焼けた皮の匂い。
餃子を焼いている時の父は、ようやく自分の居場所を見つけたようにも見えました。
それでも、商売は嫌いだったのですか?
当時の私は、商売が嫌いでした。
休みがなく、家族の機嫌も売り上げに左右される。いつも誰かが疲れていて、お金の心配が家の空気に混じっていました。
希望していた進学もうまくいかず、その後、父が病に倒れました。私は母を助けるため、家業を支える側に回りました。
春になると、周りの人たちは新しい場所へ進んでいきます。
自分だけが、その場に取り残されたように感じていました。
私にとって春は、希望の季節ではなく、諦めたことを思い出す季節だったのです。
65歳を過ぎて、なぜ人生を変えようと思ったのでしょうか?
65歳を過ぎた頃から、こんなことを考えるようになりました。
「私は何を残せたのだろう」
「私自身として、生き切ったと言えるだろうか」
家族のために生きてきた時間は長くありました。でも、自分自身の人生について考えると、どこか空白のようなものが残っていました。
そんな時、年齢や職業の異なる人たちが集まる、学びのコミュニティに参加しました。
そこには、年齢に関係なく挑戦する人や、新しい働き方を模索する人、自分の言葉で人生を語る人がいました。
「人生は、まだここからでも変えられるのかもしれない」
そう思ったことが、私が動き始めるきっかけになりました。
コミュニティとの出会いは、何を変えましたか?
コミュニティには若い世代の人も多く、新しい技術や働き方を積極的に学んでいました。
それまでの私の周りにはいなかったような人たちと出会い、一緒に学ぶことで、日常に新しい刺激が増えました。
一人でいたら、「今さら私には難しい」と諦めていたこともあったと思います。
でも、周りの人が「まずはやってみよう」と行動する姿を見ていると、私も自然と一歩を踏み出せるのです。
若い人たちに追いつかなければ、とは思っていません。
分からないことは教えてもらい、私が経験してきたことは必要な時に伝える。年齢に関係なく、お互いから学べる関係が心地よいです。
若い世代と一緒に学ぶ環境に入ったことが、今の好奇心や、意欲的に活動を続ける力につながっているのだと思います。
最初の一歩が、料理サークルだったのですね。
地域の知り合いに声をかけ、小さな料理サークルを始めました。
一人暮らしの高齢者や、家族がいても孤独を感じている人、誰かと話しながら食事をしたい人。
みんなで料理をして、食べて、おしゃべりをする集まりです。
やがてコミュニティセンターから声をかけていただき、料理講座も開催するようになりました。イベントでは、手作りのお弁当も販売しました。
その時に初めて、料理はお腹を満たすだけではなく、人の心も温めるのだと実感しました。
子どもの頃は商売が嫌いだった私が、今度は自分の意思で、人が集まる「食の場」を作っている。
売り上げのためではなく、孤独を少し減らすための場所です。
私の中で、食の意味が変わったのだと思います。
74歳で、AIにも挑戦していますね。
最初は、知らない言葉ばかりで戸惑いました。
覚えてもすぐに忘れますし、操作を間違えて落ち込むこともあります。それでも、新しい世界に触れることが面白いのです。
AIは、講座資料の文章を整理したり、画像を作ったりする時に使っています。
これまで頭の中にあっても形にできなかったものが、少しずつ目に見える形になっていくのが楽しいですね。
AIは、私にとって目的ではありません。自分が伝えたいことを形にして、誰かに届けるための新しい道具です。
AIを使っていると、脳の奥が「まだ眠っていない」と感じます。
学ぶことは若い人だけの特権ではありません。年齢を重ねた今だからこそ、新しいことを知る喜びを、より深く感じられている気がします。
今の活動を通して、何を届けたいですか?
私が届けたいのは、「転んでも生きていける身体と暮らし」です。
頑張りすぎて疲れてしまった人に、暮らしを立て直すための知恵を渡したいと思っています。
薬膳や発酵は、特別な人だけのものではありません。毎日の食事を通して、自分の身体をいたわるためのものです。
数秘術も、自分を決めつけるためではなく、自分を理解するためのものだと考えています。
自分を変えようとする前に、まずは自分を理解してみる。
欠点だと思っていた部分にも意味があり、実はその人らしさや才能だったと気づくことがあります。
「私はこれでよかったんだ」
そう思って、少し安心してもらえたら嬉しいです。
年齢を重ねることを、今はどう捉えていますか?
昨年の秋、親しくしていた同い年の友人が相次いで亡くなりました。
しばらく疎遠になっていて、気づけば電話もメールも、お互いにしなくなっていました。
その頃に同窓会へ誘われ、「今、会っておかないと、もう会えなくなる人もいるかもしれない」と思い、参加しました。
久しぶりに同級生と会い、長い年月は、顔だけでなく、表情や姿勢、その人がまとっている空気にも表れるのだと感じました。
人は、何を大切にして生きてきたのかを、いつの間にか全身で語るようになるのかもしれません。
私は今も、新しいことに挑戦し、失敗し、もがいています。
うまくいかないこともあります。それでも、前を向いて悪戦苦闘している時間は、不思議と「老い」を忘れさせてくれます。
人は年齢ではなく、「もう挑戦しない」と決めた時から、急に老いていくのかもしれません。
これから、どんなことに挑戦したいですか?
74歳。
一般的には、「もう落ち着く年齢ですね」と言われるのかもしれません。
でも今の私は、「これからが本番」という感覚の方が強いです。
薬膳や発酵を通して、「なんとなく不調」を抱えている人に、もっと気軽に寄り添える場を作りたいと思っています。
子どもたちには、「食べることは、生きること」だと楽しく伝えていきたいです。
数秘術の講座にも、本格的に取り組んでいきます。
世代を超えて、誰かと料理をし、語り合い、学び合う。
そんな場所を作ることが、これからの夢です。
年齢を重ねるほど、失うものよりも、ようやく自由になれるものの方が増えていく。
だから私は、まだまだ挑戦します。
「もう年だから」と迷っている人へ
「もう年だから」
その言葉を、私はなるべく使わないようにしています。
もちろん、体力は若い頃とは違います。思うようにいかないことも増えました。
それでも、何かを始めたいと思う心まで、年齢が奪うわけではありません。
失敗してもいい。
遠回りしてもいい。
始めてみて、違うと思ったら、また考えればいい。
人生は、何歳からでも「これから」にできるのだから。
のんのんさん
薬膳師・数秘術師・発酵インストラクター
数字と心のしくみを通して、自分らしく生きるヒントをお伝えしています。
https://note.com/novel_poppy9860
- のんのんさんがAIを始めるきっかけとなった講座はこちら
- https://note.com/bon_cry/n/nbec7241b2a3d?app_launch=false
※本記事は2026年9月に取材したものです。肩書き・所属等は取材当時の情報です。
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